子どもを伸ばす評価【2】 ―評価は「する側」にこそ努力が必要―

こんにちは!mamanです。

前回から、子どもを伸ばす評価について、考えてみています。

前回は、私の子ども達が学校の先生から受けた評価に関して強く印象に残っていることを書きました。

今回は、それらの思い出から、私の「評価」についての考えをまとめてみます。



された側が納得できる評価を

前回は、「評価」というものについて、どちらかというと「苦い」思い出を書いてきましたが、もちろん、子どもを伸ばして頂いたと感じた先生もたくさんいらっしゃいます。

それまでは目立たなかった娘が、先生から、家庭学習を頑張っている例として学級通信に取り上げられたことをきっかけに、急に積極的に学級委員などを頑張りだしたこともありましたし、息子の言動や行動を面白がってくれるような担任の先生だった年は、家庭学習のコメントはあっさりしている先生だったにもかかわらず、息子はとてものびのびとし始め、不思議と家庭学習も頑張るようになりました。

私は、子ども達の反応から、「子どもを伸ばす評価」とは、フィードバックが速く、基準が明確で、なぜその評価になったのか、子ども自身が納得できる評価だと考えるようになりました。

努力や改善に気づいてもらえなかったり、基準がわからなかったり、何も初期指導がないままにやらせてみて、ダメな所だけを指摘するという評価スタイルでは、子どもの心が折れるだけではないかと思います。



「する側」にこそ努力が必要

評価や指示は、単なる出しっぱなしでは中途半端で、それがどんな影響をもたらしたか、その結果まで注意深く見ていて初めて完結するし、それができて初めて、次へのモチベーションにつながるのではないかと思うんですよね。

そういった意味で、評価するということは、する側の人間にこそ努力を要求するものといえるのではないかと思います。

だからこそ、良い評価をするためには、評価する側の人間には、時間的・体力的・精神的な余裕がないと難しいなと思うのです。

忙しすぎたり、他のことに気を取られたりしていたら、子どもの頑張りに気づいたり、モチベーションにつながる言葉を吟味したりする作業が、どうしてもおざなりになるはずなのです。そしてその適当さは、必ず子どもに伝わり、信頼関係を損ね、子どもは自信もやる気も失ってしまいます。

ただ褒めればいいというものでもないし、厳しいことだけ言っていればいいというものでもない…。評価に説得力を持たせるためには、自分自身も努力していないといけないのです。

…難しいですね(汗)。

私、出来てません(涙)。

私達大人は、子どもの言動や行動を簡単にジャッジしがちですが、そもそも「評価」とは、その子の次につなげるためにするもの。

「評価」しなければならないときには、子ども達のやる気を削ぐ結果にならないよう、心して評価しないといけませんね。

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