最近よく聞く「ルッキズム」。うちの子はどうだろう?どんな行動が出始めたらお医者さんに相談すればいいの?
そんな悩みについて、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック院長の飯島慶郎先生からお話をお伺いしました。
子どものルッキズムと心の健康:社会現象から精神疾患まで
「先生、うちの子が最近、鏡の前で『私って可愛くない』って言うんです。まだ小学生なのに・・・」
この言葉を聞いたのは、先日の外来でのことでした。私は精神科医の飯島慶郎です。このような外見に関する相談が増えていることは、現代社会が直面する重要な課題を示唆しています。
ルッキズムとその社会的影響
ルッキズムとは、個人の外見に非常に大きな価値を置くことを指す社会現象です。外見主義は、社会的固定観念や偏見に根ざした現象として理解されています(Opex, 2016)。特に注目すべきは、この現象が現在、低年齢化している点です。
現代社会では、スマートフォンやSNSの普及により、子どもたちの容姿への関心が急速に変化しています。動画や画像投稿系のSNSでのフィルター機能の日常的な使用は、「理想の顔」への執着を助長しています。ファッション誌などのメディアは、子どもに大人の美的基準を課し、その結果子どもの表面的な早熟を加速させる可能性があります(Oliveira et al., 2020)。
ルッキズムが子どもたちに与える影響
外見至上主義の環境は、子どもたちの健全な自己肯定感の形成を邪魔する可能性も指摘されており、美に対する認識や評価方法を影響について考えていく必要があります(Takáč, 2020)。
自己の価値を外見にのみ依存させてしまう傾向や、学業やスポーツでの達成感といった他の成功体験が軽視され、他社者からの評価に過度に敏感になり、それが将来への不安を増大させることも指摘されつつあります。
そして、美に関する社会的基準が子どもの自己認識や他者に対する認識に影響を及ぼしており、ボディイメージと体重に関する過度なこだわりや不満は、メンタルヘルスの問題、摂食障害、自尊心の低下につながる可能性があるとされています(Paxton & Damiano, 2017)。
私の臨床経験からも、ルッキズムは子どもたちにも少しずつ浸透していると感じます。
女子児童の場合、小学校3年生頃から容姿への関心が高まり始め、5年生になると化粧やダイエットへの興味が顕著になるのは普通のことですが、一方で過剰に「オシャレ」な子たちも多いのが気になります。男子児童でも、「筋肉が足らない」「身長が伸びない」といった容姿への不安の訴えは常にあるように思います。
子どもたちの対処行動
現代の子どもたちは、デジタル技術を駆使して自己イメージの操作を試みる傾向にあります。
SNSでの加工アプリの常用や、写真の「盛れる」アングルを研究し、オンライン上で理想の自分を演出することに多くの時間を費やします。これらの行動は一時的に不安を軽減させるものの、現実と理想の乖離を広げ、さらなる自己不満を生む危険性があることが研究で指摘されています。
外見への不満は、ときに極端な食事制限や過度な運動となって表れます。
また、年齢不相応な化粧や高額な服飾品への執着、整形願望など、成長期にある子どもの心身の健康に重大な影響を及ぼしかねない行動として現れることがあります。
ルッキズムと心の健康:グレーゾーンの理解
容姿への関心は成長過程において自然な現象ですが、その度合いには慎重な注意が必要です。
健康的な範囲での関心は、清潔感への意識や年齢相応のおしゃれ、適度な運動習慣として表れます。一方で、過剰な身だしなみのチェックや極端な食事制限、容姿に関する執着的な発言が見られる場合は、専門家による評価を検討する必要があります。
容姿への関心や不安は、時として精神疾患としての「醜形恐怖症」「思春期妄想症」「思春期やせ症(神経性食思不振症)」などとの鑑別を必要とするからです。健康的な自己意識と病的な状態は区別が難しく、また通常のルッキズムと併存して存在することもありえます。日常生活における支障の程度や、社会活動の制限、容姿に関する思考の占める時間などが、その判断の重要な指標となります。
ルッキズムと精神疾患:その境界線
以下に、通常のルッキズムを病的な状態の見分け方を説明します:
(1)通常のルッキズム的な悩み
・自分の容姿について気にかかる
・友人と比較して劣等感を感じる
・SNSでの見た目の良さを気にする
(2)専門家への相談を検討すべき段階
・容姿への過度な執着により日常生活に支障が出始める
・社会活動を避け始める
・過剰なダイエットや化粧に没頭する
・鏡を見る時間が著しく増える
醜形恐怖症:典型的な症例と特徴
【事例1:中学2年生・女子】
美咲さん(仮名)は、鼻の形が気になり始め、次第に学校生活に支障をきたすようになりました。授業中も鏡で確認したくなり、休み時間はトイレに籠もって鏡を見続けるようになりました。写真を撮られることを極端に嫌がり、友達との外出も避けるようになり、最終的に不登校となりました。
(A)醜形恐怖症の主な特徴:
・容姿の特定の部分(鼻、目、肌など)への強い固執
・客観的には目立たない、あるいは存在しない欠点への過度な執着
・長時間の鏡チェックや化粧による隠蔽行動
・社会的活動の著しい制限
・美容整形への強い関心と衝動的な施術希望
思春期妄想症:典型的な症例と特徴
【事例2:高校1年生・男子】
健太君(仮名)は、体育の授業後、自分の体臭が強いと思い込むようになりました。次第に「周りの生徒が鼻をつまんでいる」「クラスメイトが自分の臭いを避けるために距離を取っている」という確信に発展。デオドラント剤を頻繁に使用し、着替えを何度も行うようになり、給食も別室で取るようになりました。
思春期妄想症の典型的な症状
(B)自己臭恐怖
・ 体臭や口臭への過剰な意識
・ 周囲の些細な仕草を「臭いを避けている」と解釈
・ 過剰な清潔行動
(C)自己視線恐怖
・ 自分の視線が他人を不快にしているという確信
・視線を合わせることへの極度の不安
・人混みや対面での会話を避ける
(D)関係妄想的な症状
・周囲の人々が自分を避けているという確信
・他人の会話や笑い声を自分に関するものと解釈
・社会的な引きこもり傾向
思春期痩せ症:典型的な症例と特徴
【事例3:中学3年生・女子】
由紀さん(仮名)は、クラスメイトとの何気ない体型の比較から始まり、徐々に体重への執着が強くなっていきました。最初は「健康的なダイエット」として始まったものが、次第に極端な食事制限へと発展。体重が標準以下になっても「まだ太っている」という認識が続き、運動も過剰に行うようになりました。生理が停止し、めまいや疲労感が強くなっても、痩せることへの執着は変わりませんでした。
思春期痩せ症の主な特徴:
(E)身体認識の歪み
・実際の体型に関係なく「太っている」という強固な思い込み
・ボディイメージの著しい歪み
・体重増加への強い恐怖
(F)食行動の異常
・極端な食事制限
・食事に関する儀式的な行動(細かく刻む、決まった順序で食べるなど)
・カロリーへの過度な執着
・代償行為(過度な運動、下剤使用など)
(G)身体的徴候
・生理不順や無月経
・体重の著しい減少
・低体温、低血圧
・倦怠感、めまい
(H)通常のルッキズムとの鑑別点:
・体重や体型への関心が、他の生活領域を圧倒している
・健康を損なう行動を認識しながらも止められない
・客観的な低体重でも「太っている」という認識が修正されない
・成長や発達への影響が明確に現れている
早期発見と対応の重要性
これらの症状は、教育機会の損失につながる重大な問題です。研究によれば、外見への過度な不安や確信は、教育達成に大きな影響を与えることが報告されています(Hamermesh, 2023)。
以下のような症状が見られた場合は、専門医への相談を強く推奨します:
〇不登校や保健室登校の増加
〇学業成績の急激な低下
〇友人関係の著しい悪化
〇極端な食事制限や過剰な運動
〇「みんなが私を見て笑っている」といった確信的な発言
医療機関では
専門の医療機関を受診すれば、お子さんの状態がルッキズムの範囲なのか、それとも病気の範疇に当たるのかを見分けることができるでしょう。病気と判断された場合は症状が軽いうちに通院・治療を始めるのが得策なのはいうまでもありません。
終わりに 子育てとルッキズム
ルッキズムの問題は、決して個人や家庭の問題として片付けることはできません。
美に対する認識や評価方法を社会的に変える必要があり、それが社会的アイデンティティと誠実さに与える影響について考える必要があります(Takáč, 2020)。
外見至上主義の問題に向き合うためには、まず親御さん自身がルッキズムについての理解を深めることが大切です。なぜなら、私たち大人自身も知らず知らずのうちに「見た目が良い方が得をする」といった価値観を内面化していることが多いからです。そうした自分自身の中にある偏見や固定観念に気づき、向き合うことで、より建設的な対話が可能になります。
また、家族の中で外見や見た目について話し合える雰囲気づくりも重要です。
ただし、これは決して形式的な「話し合いの場」を設けることではありません。むしろ、日常的な会話の中で、テレビや雑誌で見かけた容姿に関する話題について、さりげなく子どもの意見を聞いてみたり、親自身の経験を共有したりすることから始められます。子どもが自分の見た目について不安や悩みを口にしたときも、すぐに否定や慰めに走るのではなく、まずはその気持ちに耳を傾け、共感的に受け止めることを習慣にしましょう。このような日々の小さな対話の積み重ねによって、子どもが安心して本音を話せる家庭環境ができていきます。
参考文献
1. Hamermesh, D. S. (2023). "O Youth and Beauty:" Children's looks and children's cognitive development. Journal of Economic Behavior and Organization, 212, 275-289.
2. Oliveira, M. R. F., Silva, L. D. B., & Paschoal, J. D. (2020). Os lugares da infância nos editoriais de moda: uma análise sobre a adultização da criança na sociedade do consumo. Revista online de Política e Gestão Educacional, 24, 1856-1872.
3. Орех, Е. А. (2016). Феномен лукизма и возможности егосоциологическогоанализа. оциологический журнал, 22(3), 67-81.
4. Paxton, S. J., & Damiano, S. R. (2017). The Development of Body Image and Weight Bias in Childhood. Advances in Child Development and Behavior, 52, 269-298.
5. Takáč, P. (2020). Current issues in aesthetics and beyond: Revisiting lookism. Ethics & Bioethics in Central Europe, 10
[執筆者]
飯島慶郎先生
不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック 院長
精神科医・総合診療医・漢方医・臨床心理士
島根医科大学医学部医学科卒業後、同大学医学部附属病院第三内科、三重大学医学部付属病院総合診療科などを経て、2018年、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニックを開院。
多くの不登校児童生徒を医療の面から支えている。島根大学医学部精神科教室にも所属
不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック
https://sites.google.com/view/izumo-iijima-clinic