「子どもが万引きをした」背景には、単なる悪戯や悪友の影響ではない別の要因が存在します。本記事では、精神科医であり臨床心理士・公認心理師でもある出雲いいじまクリニック院長の飯島慶郎先生が、エビデンスに基づき万引きを起こす子どもの真の心理や裏に潜むリスク、親が取るべき適切な対応を解説します。

前回、「窃盗症(クレプトマニア)」についての記事を書かせていただきました。お子さんが物を盗んでしまったと知らされたとき、保護者の方が真っ先に検索する言葉だからです。
その記事の中で、私はこう書きました。「大半を占めるふつうの万引きに、親としてどう向き合うか。それはまた別の話になります」と。
今回は、編集部からご依頼いただいたその「別の話」をお届けします。数のうえでは、圧倒的にこちらのほうが多数派です。前回の記事は「病気かどうか」を見極めるためのものでしたが、実際のところ、ほとんどの場合は病気ではありません。
では、病気ではないとき、親には一体何ができるのでしょうか。今回は、病気の話ではなく、親としてできる関わりについてお話しします。
「いけないこと」は、子ども自身がいちばんよく分かっている
「どうしてそんなことをしたの」「悪いことだと分からないの?」
突然の連絡を受け、そう問いただしたくなるのは親としてごく自然なことです。けれどここに、多くの保護者の方が意外に思われる事実があります。
警察に捕まった小学生を対象にした調査報告書があります 1)。そこには、大人の予想を覆す子どもたちの実像が記録されていました。子どもたちは皆「捕まれば厳しく処罰される」と最初から理解しており、「謝れば許してもらえる」とか「少額なら見逃される」などと甘く考えていた子は一人もいませんでした 1)。
悪いことだと、最初から分かっている。しかも、謝れば済むとも、少額なら許されるとも思っていません。
子どもの発達心理学の研究を見ても、子どもは3歳ごろからお友達におもちゃを横取りされると怒るようになり 2)、「これは○○ちゃんのもの」という持ち主のルールを大人以上に厳格に守ろうとします 3)。そして5歳にもなれば、「人からもらった物」と「盗んだ物」の違いをはっきりと理解し、盗んだ物については「持ち主が変わったわけではない」と正しく判断できます 4)。
つまり、小学生のお子さんは「善悪の区別がつかないから盗んだ」のではありません。むしろ大人以上に厳しく分かっています。
ですから、「悪いことなんだよ」と道徳を教え直しても、あまり心に届きません。すでに知っていることを繰り返し叱られるだけで、お子さんの側には「本当の気持ちを何も分かってもらえなかった」という孤独感だけが残ってしまうのです。
子どもが見落としていたのは「善悪」ではなく「現実」だった
では、子どもたちは一体何が分かっていなかったのでしょうか。
同じ調査報告書に、はっきりとした答えが示されています。
捕まった小学生の実に96%が、自分が「捕まる」とはまったく思っていませんでした 1)。これは、大人の世代と比べても際立って高い数字です。
さらに、万引きに罰金刑があることを86%が知らず、お店が警察へ全件通報するという現実についても、調査された小学生の全員(100%)が「知らなかった」と答えています 1)。報告書も、少年全体の特徴として「万引きに関する知識が極めて少ない」と指摘しています 1)。
状況を整理すると、こうなります。
○知っていたこと
盗むのは悪いこと/捕まれば厳しく怒られる・処罰される/謝っても許されない
○知らなかったこと
罰金刑があること/お店は必ず警察に通報すること
○思っていなかったこと
まさか自分が捕まるということ
子どもたちが分かっていなかったのは、道徳ではなく「行動がもたらす現実の結果」のほうでした。
ここが、私が保護者の方にいちばんお伝えしたい核心です。子どもを叱るとき、私たちがつい繰り返してしまうのは「盗むのは悪いことでしょう」というお説教です。しかし、お子さんが見落としていたのは「自分が捕まり、警察沙汰になる」という現実のルールでした。ここに、親と子のすれ違いが起きています。
「魔が差した」のではなく、「どうしても欲しかった」だけ
もう一つ、直感とは異なる事実があります。
万引きを決意した瞬間を尋ねると、「お店に入る前から決めていた」と答えた割合は、12歳以下の子どもで61%にのぼりました 1)。大人の21%、高齢者の13%と比べても、報告書が「少年の計画性は際立っている」 1)と記すほど高い数字です。
「魔が差した」「つい手が出てしまった」というより、お店に入る前から、何を取るかが心の中で決まっていたのです。
もちろん、これは「生まれつき悪質だ」という意味では決してありません。「どうしても欲しい物がはっきりしていた」ということです。実際、動機として「どうしても欲しかったから」と答えた割合は、店に入る前から決めていた子ほど多くなっています 1)。欲しい物が最初から心に決まっていたからこそ、店に入る前から狙いが定まっていた。ただそれだけのことです。
報告書が描く小学生の典型的な姿は、次のようなものです1)。
放課後の15時から16時ごろ、自宅の近くにあるコンビニで、お財布にほとんどお金が入っていない状態でお菓子やおもちゃを「どうしても欲しくて」万引きしてしまう傾向が見られます。被害品を見ても、50%が食べ物(そのうち83%がお菓子)、28%がおもちゃに集中しています 1)。
学校帰りに、いつものコンビニで見かけたお菓子やおもちゃ。自分のお金では買えなかった物を、どうしても手に入れたかった。子どもたちの動機は、どこまでも素朴で切実なものでした。
「悪い友達に引きずられた」わけでもありません
保護者の方が真っ先に思い浮かべがちなもう一つの筋書きに、「悪い友達に引きずられたのではないか」というものがあります。
しかし、万引きの動機を調べたデータ(全年齢・585人)を見ると、現実はまったく違います 1)。
最も多いのは「お金を払いたくなかったから」で55%、次いで「どうしても欲しかったから」が39%と、この二つだけで全体の9割以上を占めます。一方で「スリルや好奇心」は18人、「換金目的」は15人、「他人に誘われた(命令された)」に至ってはわずか2人、報告書も「これらを合計しても1割に満たない」1)とまとめています。
585人のうち、誰かに誘われてやったと答えた人は、たったの2人しかいません。
特に12歳以下の子どもでは「どうしても欲しかった」が動機の大半を占めます 1)。年齢が上がるにつれて「お金を払いたくなかった」という打算が増えていきますが、小学生のうちは、ごく素朴な「欲しい」という気持ちが原動力です。
さらに報告書は、少年たちについて「ふだんから友達がいて、相談できる相手もいる割合が高い」1)とも報告しています。孤立して追い詰められた子でも、不良グループに染まった子でもありません。ごくふつうの子どもが、目の前の欲しい物に心を奪われて手を出してしまった──それがデータから見えてくる実像です。
なお、正確を期すためにお伝えしておくと、この調査の対象は万引きをして警察に捕まった人たちです。捕まらずに見過ごされたケースは含まれていませんし、含まれている小学生の人数も31人と、決して多くはありません。この報告書の数字は、その前提を踏まえてご覧ください。
「うちの子だけが・・・」と自分を責めないでください
ここで、少し視野を広げてみましょう。
アメリカで成人4万3,000人以上を対象に行われた全国調査では、生涯に一度でも万引きをしたことがある人の割合は11.3%でした 5)。実に9人に1人です。研究論文でも、万引きは「比較的ありふれた行動である」と述べられています。
これはアメリカの成人を対象とした調査ですが、知っておいていただきたい大切な事実です。学校や警察から呼び出しを受けた日、親御さんは「どうしてうちの子だけがこんなことを・・・」と強いショックと自責の念にかられます。けれど、決して「あなたのお子さんだけの異常な出来事」ではありません。
一方で、日本の現状として知っておくべき傾向もあります。中学生や高校生の万引きが全体として減少するなかで、少年の万引き全体に占める小学生の割合は年々高まっていました 1)。平成29年以降は、それまで最多だった中学生を上回っています 1)。ただし、これは平成30年(2018年)までの統計ですので、現在の傾向がどうであるかまでは分かりません。
決して珍しい出来事ではない。しかし、少年のなかでは目立ちやすい年代である。この両面を受け止めておく必要があります。
「このまま非行に走ってしまうのでは」という不安について
保護者の方が心の底で最も恐れているのは、「このまま非行の道へ進んでしまうのではないか」という将来への不安でしょう。
日本の犯罪統計では、万引きは自転車盗などとともに「初発型非行」と呼ばれます 6)。言葉通り「非行の入り口」と位置づけられているため、親御さんが不安になるのは当然です。
しかし、「入り口になりうる」ことと「必ず先へ進む」ことは、まったく別の話です。
子どもの問題行動に関する発達研究において、世界的に広く支持されている理論があります 7)。それによると、非行やルール違反は、思春期に入ると一時的に約10倍に跳ね上がるとされます。この現象を読み解くために、研究では子どもたちを二つの異なるグループに分けて考えます。ごく一部の「生涯にわたって問題行動が続いてしまう集団」と、大多数を占める「思春期の一時期だけ手を出してしまう集団」です。
ニュージーランドで生まれた男の子たちを26歳まで長期追跡した有名な研究があります 8)。思春期の真っ只中にいる時点では、行動の激しさだけで両者を見分けることはできませんでした。ところが子どものころからの背景を詳しく調べると、幼少期からずっと問題が続いていたグループには、家庭環境の困難や生まれ持った衝動の強さ、重い多動といった特徴が見られました。一方で、思春期になってから始まったグループには、そうした幼少期からの特徴は見られなかったのです。
「いつ始まったか」によって、その意味合いは根本から異なります。
万引きそのものの経過についてもデータがあります。先ほどのアメリカの全国調査では、万引き経験者のうちおよそ3分の2は15歳より前の一時期に起きたものでした 5)。論文の著者も「大多数の場合、万引きは限られた期間のものである」と明記しています。
もちろん、残る3分の1あまりの人では15歳を過ぎても続いていた 5)というのも紛れもない事実です。
それでも、一つ確かなことがあります。一度や数回の万引きが、そのまま子どもの将来を決定づけてしまうわけではありません。
だからといって「何もせず放っておいてよい」というわけでもありません。思春期から始まったグループであっても、衝動性や気分の落ち込み、生活上のつまずきを抱えやすい傾向は残ります 8)。そして最も重要な分岐点は、やはり「いつ始まったか」です。思春期になってからの出来事なのか、それとも小学校低学年以前からずっと続いているのか。もし後者であるなら、このあとお話しする「背景にある要因」に目を向けてみる必要があります。
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