クレプトマニア(窃盗症)とは?盗みたい衝動を抑えられない子への対応を精神科医が解説

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子どもが店の物を盗ったと知らされた時の動揺は計り知れません。実はその背景に「窃盗症(クレプトマニア)」という症状が隠れていることがあります。今回は精神科医であり臨床心理士・公認心理師でもある出雲いいじまクリニック院長の飯島慶郎先生に、クレプトマニアのカニズムをお聞きしました。窃盗をしてしまう理由と家族が取るべき対応を解説します。

学校から電話がかかってきて、お子さんがお店の物を盗ったと知らされる。その瞬間の動揺は、経験した方でなければ想像しにくいものだと思います。
頭のなかを、いくつもの問いが駆けめぐります。どうしてそんなことを。私の育て方が悪かったのか。もしかして、何かの病気なのか。
調べていくと「窃盗症」「クレプトマニア」という言葉に行き当たります。この記事では、精神科の診療の場から、その問いにお答えしていきます。
はじめにお断りしておきます。これは「窃盗症」という病気についての記事です。

1)まず、お子さんの万引きの大半は窃盗症ではありません

意外に思われるかもしれませんが、ここを出発点にするのがいちばん確かです。
警視庁が令和元年に公表した調査報告書[1]があります。万引きをして警察に捕まった人たちに動機を尋ねたところ、いちばん多かったのは「お金を払いたくなかったから」、次いで「どうしても欲しかったから」。この二つで9割を超えました。
では、お子さんはどうか。12歳以下は34人。そのうち32人が「どうしても欲しかったから」でした。残り2人は「お金を払いたくなかったから」。「スリル・好奇心(ゲーム感覚)」「人に誘われた」と答えた子は、ひとりもいませんでした。

ゲーム感覚でやってみた。悪い友達に引きずられた。保護者の方が真っ先に思い浮かべるのは、たいていこのどちらかだろうと思います。ところが小学生の年代では、そう答えた子はゼロでした。13歳から19歳でも、こうした答えは、ほかの動機と合わせて1割ほどにとどまります。
つまり子どもでも、いちばん多いのは欲しい物を手に入れるためです。ここは大人と変わりません。
しかも、12歳以下の61%は「店舗に入る前から」盗ろうと決めていました。「つい、その場で手が出てしまった」という思い込みとは違います。報告書は、小学生についてこうまとめています。「15時から16時に、自宅近くのコンビニで食料品や玩具類を『どうしても欲しくて』万引きするという顕著な傾向がある」と[1]。
いずれにせよ、動機はどれも「欲しい」「得をしたい」という気持ちです。
ここを押さえてください。次にご説明する窃盗症は、盗む理由そのものが違うからです。この記事でお話しするのは、その窃盗症のほうです。大半を占めるふつうの万引きに、親としてどう向き合うか。それはまた別の話になります。

2)窃盗症とはどういう病気か

診断の手引き[2]が挙げている特徴を、かみくだいてご紹介します。

○自分で使うためでもなく、お金になるからでもない物を、盗もうとする衝動をおさえられなくなることが繰り返される
○盗む直前に、緊張が高まる
○盗んでいるときに、快さや満足、解放感がある
○腹立ちや仕返しのためではなく、妄想や幻覚に反応したものでもない
○その盗みが、非行の繰り返しや気分の高ぶり、反社会的な傾向で説明がつく場合には、この診断はつけない

いちばん大切なのは、最初の一点です。盗った物を、本人が必要としていない。
お金に困っていないのに盗る。買えるのに盗る。そして盗った物は使わないまま、引き出しの奥にしまわれたり、捨てられたりする。ここが、前の章でご覧いただいた「欲しいから盗る」との、いちばん大きな違いです。
ただし、白か黒か、きれいに分かれるわけではありません。この点は第4章でもう一度ふれます。

3)「クレプトマニア」という名前は、どう生まれたか

少しだけ、この病名の生い立ちにお付き合いください。その成り立ちを見ると、いまもどれだけ分かっていないかが見えてくるからです。
「クレプトマニア(kleptomania)」は、ギリシャ語でできた言葉です。「クレプト」は kleptēs(盗人)・kleptein(盗む)から、「マニア」は manía(狂気)から。直訳すれば「盗みの狂気」。日本語の「窃盗症」より、ずいぶん激しい響きです。
活字で確認できるいちばん古い使用例は、1830年、イギリスの雑誌です(3)。医学の言葉として位置づけた一人が、フランスの法医学者C・C・マルクでした。1840年、「抗いがたい、盗もうとする傾向」と定義しました[3]。
言葉が先にあったということを、覚えておいてください。

40年ほどたった19世紀の終わりごろ、百貨店という新しいお店が広がります。そこで万引きをしていたのは、お金に困っていない女性たちでした。買えるのに盗る。医師や法律家は、こうした以前知られていなかったタイプの盗みに、すでにあったこの言葉を当てはめていきます[3]。
マルクが定義してから、およそ190年。それでもなお、分かっていないことがたくさん残っています。
この病気の人がどのくらいいるのかを調べた本格的な調査すら、ありません。盗みで逮捕された人のうち窃盗症とされる割合は、報告によって0%から24%まで開きがあります[4]。

お子さんのこととなると、分かっていることはさらに限られます。窃盗症の研究で知られる医師が、「窃盗症は思春期に始まることが多いにもかかわらず、思春期を扱う文献ではほとんど触れられてこなかった」と書いています[5]。20年以上前の指摘です。近年の総説も、この病気は研究そのものが足りないと書いています[6]。
これからご紹介する研究も、大人を対象にしたものが中心です(お子さんが対象の報告は、そのつど書き添えます)。大人の結果が、そのままお子さんに当てはまるとは限りません。
つまり、お子さんの盗みについては、専門家にもまだよく分かっていないのです。急いで結論を出さないでいただきたいと思います。

4)ふつうの万引きと窃盗症を、どう見分けるか

第1章で見たふつうの万引きと、第2章の窃盗症。この二つを見分けるための手がかりを挙げます。診断は医師がするものですが、ご家庭で「これは様子が違うかもしれない」と気づくための目安にはなります。
窃盗症のほうに近いのは、次の三つが揃うときです。
●繰り返している
●本人も、なぜ盗ったのか説明できない
●盗った物を使っていない

反対に、ふつうの万引きに近いのは、盗った物をふつうに使っている、友達と一緒にやっている、お金が目当てだった。このいずれかに当てはまるなら、窃盗症とは考えにくくなります。
ただし、この二つは地続きです。日本の研究者は、自分たちの聞き取りから、利得を目的とする万引きと窃盗症のあいだには、ある程度の連続性があることが確認できた、と述べています[7]。両端はたしかに違う。けれど間はつながっている。きれいに二分されるものではなく、どちら寄りかという話だとお考えください。
もちろん、だから放っておいてよいわけではありません。ただ、向き合い方が変わってきます。窃盗症なら医療の話になりますが、ふつうの万引きなら、しつけや家庭での関わりの話になります。

5)本人は、どう感じているのか

まず、見えているものが違うのかもしれません。興味深い研究が日本から出ています。京都大学などのグループが、窃盗症の方とそうでない方に、お店の様子が写った画像などを見てもらい、目の動きと脳の働き方を記録しました。すると窃盗症の方では、お店の画像を見たときだけ、目の動き方も脳の反応もはっきり違っていました。そうでない方では、お店の画像を見ても、こうした違いはみられませんでした[8]。

同じ店内に立っていても、目に入ってくるものが違うのかもしれない。対象は大人で、まだ予備的な研究ではありますが、大事な示唆だと思います。
そして、盗む前後に起きているのは、緊張と解放のくり返しです。じわじわと張りつめていって、盗った瞬間にすっと抜ける。そのあとに、強い感情が押し寄せます。窃盗症の外来患者22人を調べた研究では、7割近く(68%)が、盗んだあとに強い恥ずかしさや自責の念を抱えていました[9]。
好きでやっているわけではありません。

やっかいなのは、この「張りつめて、ゆるむ」というくり返しそのものが、行動を強めてしまうことです。国内の研究は、海外の知見を引きながら、窃盗症には物質への依存と共通する点があるとして、行動の前に緊張が高まり、行動のあとに渇望が急速に軽くなる、しかしその渇望はまた戻ってくる、という循環を挙げています[7]。お酒や薬物への依存、あるいは強迫症でも、よく似た仕組みが働きます。ただ、窃盗症をそれらと同じものとして扱ってよいのかは、いまも決着していません。
だらしないからでも、病気だから仕方ないからでもない。そのどちらとも違う見方があります。

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