クレプトマニア(窃盗症)とは?盗みたい衝動を抑えられない子への対応を精神科医が解説

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6)盗みは、どのように変わっていくのか

窃盗症と診断された15人を含む、25人にじっくり聞き取りをした日本の研究があります。そこでは、最初の盗みから、やめられない状態にいたるまでが、四つの段階として描かれました[7]。

第一段階:はじまり。物を手に入れることが目的です。
第二段階:回数が増えていく。罪悪感が薄れ、見つからない工夫をするようになります。このころから、盗みの意味が広がっていきます。物が手に入ることに加えて、スリルやストレス発散も、盗む理由になっていく。
第三段階:ここが分かれ目です。盗んで手に入る品物よりも、盗むという行為そのものから得られるもののほうが大きくなります。気分が晴れない日が続いているところに、店員の位置や混み具合といった条件が揃うと、手が出てしまう。生活に支障が出てもやめられず、自分を責め、人を避け、それがまた気分の落ち込みにつながる。悪循環に入っていきます。
第四段階:自動化。いつもの店で、ほとんど自動的に手が出るようになります。

研究者は、第三段階から先が「依存の段階」にあたるとみています。実際この研究では、利得目的で万引きをしていた4人は、第三段階には移っていませんでした。
そして、この研究はもう一つ、窃盗からの脱却を挙げています。
なかには、背景にあった精神的な不調が回復したこと、たとえば過食の衝動が収まったことをきっかけに窃盗が止まり、数ヶ月から数年のあいだ遠ざかっていた方がいました。ただし、この方たちもそのあと、断続的に窃盗が続いたと語っています[7]。完全に終わったわけではありません。
それでも、盗みが止まる時期はあること。そのきっかけが「背景にあるものが軽くなること」だったこと。この二つは覚えておいてください(第9章でもう一度ふれます)。

断り書きが要ります。この研究の対象は20歳以上の25人で、そのうち窃盗症と診断されているのは15人。過去を振り返って語ってもらう形のものです。「この順に進む」と証明されたわけではなく、話を集めて描いた見取り図だとお考えください。
そのうえで、私の見方を申し上げます。この四つの段階を、誰もが最後までたどるわけではないだろうと思います。窃盗症と診断される方そのものが少ないのですから、多くは前半で止まっていると考えるのが自然です。ただしこれは研究が示したことではなく、私の推測です。
万引きを繰り返した人が、みな窃盗症になるわけではありません。
では、なぜ盗みが深刻になり続ける人と、そうでない人がいるのか。
残念ながらそこは、いまも分かっていません。

7)「遺伝ですか? それとも、私の育て方ですか?」

診察室でも、必ずと言っていいほど尋ねられる問いです。正直にお答えします。
そのどちらも、まだ証明されていません。
窃盗症の方31人を調べた研究では、血縁のご家族に、お酒の問題や精神疾患のある方が多いという結果でした[10]。別の研究でも、ご本人にもご家族にも、気分の落ち込みや不安の不調が多くみられました[11]。
ただ、これを遺伝の証拠と呼ぶことはできません。ご家族には、遺伝的なつながりだけでなく、共通する生活環境もあるからです。双子を比べる研究も、遺伝の影響の大きさを見積もった研究も、私の知るかぎり見当たりません。

では育て方が原因なのか。こちらも、原因だと確かめられた研究はありません。育ちの環境に触れた研究はごく少人数で、しかも大人になった本人に子ども時代を振り返ってもらう形のものです。気持ちが沈んでいるときには、過去の記憶そのものが暗く感じられます。そこから原因を言い当てることはできません。
この病気の見方は、名前がついたときから、「悪いおこないなのか、病気なのか」「本人のせいなのか、育ちのせいなのか」の間を行き来してきました。いまも決着していません。
ですから私は、原因探しをいったん脇に置くことをお勧めしています。誰のせいかを決めることと、この子にいま何ができるかを考えることは、別のことだからです。

8)いつ、専門家に相談すればよいか

早すぎるということはありません。先ほどの外来患者22人の研究では、症状が始まった平均年齢は16歳。そして調べた時点で、症状は平均21年続いていました(9)。思春期に始まって、20年を超えて抱えつづけているということです。
しかも、抱えたまま医療につながっていない方が少なくありません。別の研究では、40人のうち大多数が窃盗症については治療を受けていませんでした。気分の落ち込みなど、ほかのことでは受診していたにもかかわらず、です[12]。
つながりにくい理由も、海外の報告を引きながら指摘されています。盗むという行為が犯罪にあたるためです[7]。

言い出しにくい病気です。だからこそ、周りが気づいたときが相談どきになります。
お子さんが行きたがらなくても、保護者の方だけで動きはじめることはできます。
ただ、順番だけは正直に申し上げておきます。医療機関での治療を健康保険で受けるには、少なくとも一度は、ご本人に受診していただく必要があります。ですから「本人が一度も行かないまま治療だけが進む」ということにはなりません。
けれど、その最初の受診に向けた準備や相談は、保護者の方だけでも進められます。お住まいの地域の保健所は、まだ受診していない方の「受診についての相談」を、ご本人からもご家族からも受け付けています。どう声をかけるか、どの時点で受診を勧めるか、どこへつなぐか。そこを一緒に考えてもらえます。電話やメールでも構いません。より込み入った相談には、都道府県ごとに置かれた精神保健福祉センターもあります。お子さんが18歳未満であれば、児童相談所も相談先になります。

そして、受診にこぎつけたあとであれば、通いつづけるのがご本人でなくてもよい場合があります。日本の児童精神科から、こういう報告が出ています。4年間続く盗癖のあった中学1年の男の子について、本人が来院できたのは2回だけで、以降はお母さまだけが通われました。家族全体を視野に入れる関わりで、盗癖と家族関係の双方に、ある程度の改善が見られたと報告されています[13]。
ただし、この男の子は「盗癖」と記述されており、窃盗症と診断されたわけではありません。1例の報告でもあります。ですからこれは、「本人が来られなくても、保護者の方への関わりから状況が動きはじめることがある」という一例にすぎません。
それでも、道が閉ざされたわけではないということは知っておいていただきたいのです。
受診先は、お住まいの地域の精神科や心療内科、依存症の専門外来です。どこにかかればよいか分からないときこそ、先ほどの保健所や精神保健福祉センターにお尋ねください。

9)いま、どんな治療ができるのか

まず、正直に申し上げます。窃盗症の治療には、まだ決め手がありません。
衝動をおさえられなくなる病気について、薬の効果を厳密に調べた試験を集めた総説は、冒頭でこう述べています。「現時点で、根拠に基づく治療の推奨は存在しない」[14]。第3章でご紹介した総説も、治療の研究が足りないと書いていました[6]。
薬だけの話ではありません。2025年の研究では、窃盗症の女性たちに認知行動療法が行われましたが、成績は思わしくないものでした[15]。心理的な関わりにも、これという方法はまだありません。
それでも、絶望的な話ばかりではありません。

薬の試験を集めた総説で、窃盗症について効果が確かめられた薬が一つありました。ナルトレキソンという、依存症の治療に使われる薬です[14]。ただしそもそも試験の数がごくわずかで、たくさんの候補から選び抜かれた一つ、ということではありません。第3章の「思春期を扱う文献がほとんどない」と書いた医師の論文も、じつはこの薬が効いた思春期の一例の報告でした[5]。
考えさせられる研究もあります。大人24人に抗うつ薬を用いたところ、7週の時点で8割近くの方が良くなっていました。ところが、その改善が薬そのものの働きによるものかを厳密に確かめると、薬を続けた群と偽薬に切り替えた群とで、はっきりした差はつきませんでした[16]。

治療の場に入ること。定期的に会って、記録し、気にかけられること。それ自体が効いているのかもしれません(これは私の解釈で、研究がそう述べているわけではありません)。この研究の著者も、薬が向く人、心理的な関わりが向く人、その両方が要る人がいるのだろうと書いています[16]。合うものは、人によって違うのです。
そして、背景にある不調を手当てしたら、盗る行動も落ち着いた、という報告があります。第6章でふれた日本の研究でも、精神的な不調が回復したことをきっかけに、窃盗が一時的に止まった方がいました[7]。

症例も一つ。16歳で窃盗症とADHDの診断を受けた男の子は、ADHDの治療薬を始めたところ、盗る行動がいったん止まりました。ところが19歳のとき、勤務先に夜間に入り込んで現金を盗み、逮捕されて職を失っています。薬を調整し直したのち、1年後は盗みのない状態が続いている、そういう経過です[17]。報告した医師自身が「ADHDと窃盗症の関連は証明されていない」と断っています。
まっすぐ良くなっていくわけではない。けれど、打つ手がないわけでもない。一度うまくいかなかったからといって、そこで見切らないでいただきたいと思います。

おわりに

窃盗症が医学の言葉になって、190年ほどになります。それだけの時間が流れてなお、この病気を抱えた方の多くは、病気として扱われないまま過ごしてきました。
お子さんが盗んだと知らされた日、保護者の方は自分を責めます。私はその姿を何度も見てきました。けれど、ここまでご覧いただいたとおり、あなたの育て方が原因だと示した研究は、ありません。
その一方で、分かっていることもあります。子どもの万引きの多くは病気ではないこと。それでも繰り返し、本人も理由を説明できず、盗った物を使っていないなら、背景に何かがあるかもしれないこと。そして、ひとりで長く抱えつづけなくていいということ。
お子さんが行きたがらなければ、まずはあなただけで、相談に行って構いません。

参考文献
[1]警視庁生活安全総務課『万引きに関する調査研究報告書 ~小学生の万引きに着目した意識調査及び万引き被疑者等に関する実態調査~』令和元年10月
[2]American Psychiatric Association(髙橋三郎・大野裕 監訳)『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院, 2014
[3]Abelson ES. The invention of kleptomania. Signs. 1989;15(1):123-143.
[4]Lejoyeux M, Mc Loughlin M, Adès J. Epidemiology of behavioral dependence: literature review and results of original studies. Eur Psychiatry. 2000;15(2):129-34.
[5]Grant JE, Kim SW. Adolescent kleptomania treated with naltrexone: a case report. Eur Child Adolesc Psychiatry. 2002;11(2):92-5.
[6]Torales J, González I, Castaldelli-Maia JM, Ventriglio A. Kleptomania as a neglected disorder in psychiatry. Int Rev Psychiatry. 2020;32(5-6):451-454.
[7]浅見祐香, 野村和孝, 嶋田洋徳, 大石裕代, 大石雅之. 窃盗症の発症過程における認知と行動の変化. 心理学研究. 2021;92(2):100-110.
[8]Asaoka Y, Won M, Morita T, Ishikawa E, Goto Y. Distinct situational cue processing in individuals with kleptomania: a preliminary study. Int J Neuropsychopharmacol. 2023;26(5):340-349.
[9]Grant JE, Kim SW. Clinical characteristics and associated psychopathology of 22 patients with kleptomania. Compr Psychiatry. 2002;43(5):378-84.
[10]Grant JE. Family history and psychiatric comorbidity in persons with kleptomania. Compr Psychiatry. 2003;44(6):437-41.
[11]Dannon PN, Lowengrub KM, Iancu I, Kotler M. Kleptomania: comorbid psychiatric diagnosis in patients and their families. Psychopathology. 2004;37(2):76-80.
[12]Aboujaoude E, Gamel N, Koran LM. Overview of kleptomania and phenomenological description of 40 patients. Prim Care Companion J Clin Psychiatry. 2004;6(6):244-247.
[13]宋大光. 4年間盗癖のあった中1男児の相談について母への精神療法である程度の改善を見た一例. 児童青年精神医学とその近接領域. 2019;60(2):191-204.
[14]Tahir T, Wong MM, Maaz M, Naufal R, Tahir R, Naidoo Y. Pharmacotherapy of impulse control disorders: a systematic review. Psychiatry Res. 2022;311:114499.
[15]Munguía L, Baenas-Soto I, Granero R, et al. Kleptomania on the impulsive-compulsive spectrum. Clinical and therapeutic considerations for women. Sci Rep. 2025;15(1):7886.
[16]Koran LM, Aboujaoude EN, Gamel NN. Escitalopram treatment of kleptomania: an open-label trial followed by double-blind discontinuation. J Clin Psychiatry. 2007;68(3):422-7.
[17]Miyazaki K, Uchiyama M. An adolescent boy with kleptomania and attention-deficit hyperactivity disorder treated with methylphenidate and guanfacine: a case report. Neuropsychopharmacol Rep. 2023;43(4):650-653.

※本記事の執筆にあたり、論文検索および構成の整理に生成AIを活用していますが、医療情報としての正確性は専門医が確認・監修しています。



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