義父も亡くなり、残ったのは馬が合わない義母だけ

介護、家事、仕事に追われる日々が続き数年が経った頃、義父は静かに息を引き取りました。省吾さんに知らせようにも音信不通で、連絡を取る術はありませんでした。葬儀の最中、親戚たちは省吾さんが来ないことを口々に話していました。それがよほど面白くなかったのか、義母は私に向かって「はじめからあの女と一緒になっていたら、息子は自分のもとを離れなかった」と強く当たりました。
義母はため息をつきながら、「嫁が不甲斐ないから仕方ないのよ、加奈子さんを嫁に貰ってからうちはいいことないわ、渉ちゃんだけが心のよりどころよ」と愚痴をこぼしました。すると親戚のひとりが、「事業はどうするんだ?」と口を挟みます。

義母は私に視線を向けることなく、「ある程度は加奈子さんができるから今までと変わらないわ、加奈子さん、お茶早く出しなさい」と冷たく言いました。予想はしていましたが、義母はこれまで通り、私をこき使うつもりのようです。

その後、義父の介護からは解放されたものの、義母は以前にも増して私に厳しく当たるようになりました。それでも、渉のことは可愛がってくれますし、大切にしてくれます。ここを出ていっても私ひとりでは渉を養えないし、私が耐えればすべて丸く収まる。そう自分に言い聞かせ、私はこの家を出る選択をしませんでした。

それから月日が流れ、渉は大学へ進学しました。自宅から通えない大学だったので、1人暮らしをすることになり、家に残ったのは私と義母だけになりました。そして、休む間もなく義母の介護が始まります。ひどい扱いを受けてきたとはいえ、渉をここまで育てるのを手助けしてもらった恩がありました。私は義母を見捨てず、最後まで面倒を見ると心に誓ったのです。

そんなある日、私のもとに1本の電話がかかってきました。「はい、四宮でございます」いつも通り受話器を取ると、電話の向こうから「もしもし・・・」と、聞き慣れない女性の声が聞こえてきたのです。
義母に虐げられる日々から逃げたかったはずなのに、渉くんを育ててもらった恩を思い、家に残る決断をした加奈子さん。その後の暮らしも決して穏やかで楽しいものではなかったでしょう。それでもここまで耐え抜いてきたことに、ただただ頭が下がります。
※ストーリーは実体験を元にフィクションを加えた創作漫画です。
登場人物や団体名は仮名であり、実在の人物や団体等とは関係ありません。
創作漫画としてお楽しみください。
原案:ママ広場編集部 脚本:のきわだ 編集:石野スズ
作画:まりお
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義母の言いなりなんて、まるで雁字搦め、逃げ出す事が出来ず、息子さんは義母に育ってきり。
本来ならば、母親が決まりなのに、これでは「生みの親より育ての親状態」、こんな酷い義母、絶対許せない。
自分がその人の立場だったら、絶対絶縁、義母にも居場所は絶対教えず、当然息子さんと同居でシングルマザーになりますね。
もしも居場所知られたら、刑◯告発で裁判沙汰起こしますね。
行方不明になって数年経った時点で、旦那の死亡宣告出しておけばよかった。
それで死んでいたら、旦那の遺産相続して婚姻解消届だして義実家から去る、
生きていたら、慰謝料もらって離婚して義実家から去る。