子どもが大人しくご飯を食べない、食べているうちに遊びだしてしまう、ちっとも食事が終わらない。そんな悩みがありませんか?今回は不登校/こどもと大人の漢方・心療内科出雲いいじまクリニック院長の飯島慶郎先生から、子どもの食の悩みについてお話を伺いしました。

こんな食卓の惨状、見覚えありませんか
「ごはんだよー」。声をかけて椅子に座らせたはずなのに、3分後にはスプーンが宙を舞い、ごはん粒がテーブルアートになり、味噌汁に指が突っ込まれ、牛乳コップは傾き、本人は裸足で走り回っている。
・・・はい、子どもが小さかった頃の我が家の日常でした。
私は精神科医・臨床心理士として子どもたちの発達に関わる仕事をしていますが、同時に、発達障害のある娘を持つ父親でもあります。偉そうに医学的な解説をしながら、自分の食卓は毎日カオスだった時期がある。その経験があるからこそ、いま食卓で途方に暮れている保護者の方々にお伝えしたいことがあります。
あの散らかった食卓は、お子さんの脳と体が全力で成長している「現場」です。
厚生労働省の「平成27年度乳幼児栄養調査」によれば、2~3歳未満の保護者の困りごと第1位は「遊び食べをする」で、41.8%が挙げていました[1]。2~6歳児の保護者の約8割が食事について何かしら困っていると回答しています。困っていない2割のご家庭が、いったいどうやっているのか聞きたいくらいです。
今回は、遊び食べや食事中の立ち歩きを「困った行動」ではなく「成長の証拠」として見るための『レンズ』をお渡ししたいと思います。このレンズを手に入れると、明日の食卓の景色がちょっとだけ・・・いや、だいぶ変わるはずです。
ごはん粒をつぶす小さな指は「実験」をしている
食べ物をぐちゃぐちゃにする。握りつぶす。テーブルに塗り広げる。コップに手を突っ込む。
大人から見れば「やめてー!」の連続ですが、子どもの脳の中では壮大な実験が行われています。
スイスの発達心理学者ピアジェが「感覚運動期」と名づけた0~2歳頃の発達段階。この時期の子どもは、見る、触る、握る、口に入れる、投げるという五感と体の動きをフル活用して世界を理解していきます。ごはん粒を指で押したときの「つぶれる感触」、スープをこぼしたときに液体がテーブルを流れていく「物理法則」、パンをちぎったときの「形の変化」。すべてが子どもにとって知的好奇心を満たす一大プロジェクトです。
そしてこの「実験」には、ちゃんとした成果があります。
近年の研究で、食べ物のさまざまな質感に手で触れて遊ぶ体験が、子どもの食の受容性に関わることが示されています。CoulthardとThakker(2015)がイギリスの2~5歳児70名を対象に行った研究では、マッシュポテトやゼラチンを使った触覚遊びを楽しめる子どもほど「食物新奇性恐怖」のスコアが低いという関連が見られました[2]。ぐちゃぐちゃ、ぬるぬる、べたべた——大人にとっては悲鳴ものの触覚体験を十分に積むことが、新しい食べ物を受け入れる土台になるのでは、と研究者たちは考えています。
いまテーブルに広がっているあの「惨状」は、将来の偏食を減らすための壮大な仕込み。そう思うと、ちょっと掃除のやる気が出ませんか。・・・出ませんよね。でも少なくとも、「この子はダメだ」と思わなくて済みます。
手づかみ食べやスプーンの操作は、食べ方だけでなく、つまむ・握る・離すといった手先の細かい動き(微細運動)の訓練にもなっています。食べ物を指でつまんで口に運ぶ動作は、目と手の連携を鍛え、将来鉛筆を持つ力、ボタンをかける力の土台をつくります。
テーブルの下に落ちたブロッコリーを拾いながら、こう唱えてみてください。「いまこの子の手先は、確実に器用になっている」と。
座っていられないのは「ダメ」なのではなく「まだ」なだけ
「散らかすのは成長だとわかった。でもお願いだから、せめて座ってほしい」。ごもっともです。ここにも脳科学からの「安心材料」があります。
おでこの裏あたりに「前頭前皮質」という脳の領域があります。「やりたいことを我慢する」「一つのことに集中し続ける」「段取りを立てて動く」といった、大人なら当たり前にやっている「実行機能」を担う司令塔です。
ところがこの前頭前皮質、脳の中でいちばん発達が遅い領域の一つで、思春期から20代にかけて長い時間をかけて成熟していきます。幼児期はまだ建設工事の初期段階です。2歳児に「座って食べなさい」と言うのは、工事中のビルに「完成しなさい」と言っているようなもの。物理的に、まだ無理な話です。
RuffとCapozzoli(2003)の発達心理学研究では、子どもの持続的注意(一つのことに集中し続ける力)は生後4年間で段階的に伸びていくことが確認されています[3]。臨床現場でよく使われる経験則として、子どもが一つのことに集中できる時間はおおよそ「年齢×2~3分」程度といわれます。2歳で4~6分、3歳で6~9分。・・・短い!食事時間が30分だとすると、途中で席を立つのは「問題行動」ではなく「発達段階どおり」ということになります。
ここが大事なところです。「できない」のではなく「まだこれから」。前頭前皮質は年齢とともに着実に育ちます。今日5分だった子が半年後には8分、1年後には12分座れるようになる。特訓の成果ではなく、脳が自然に成長した結果です。
「うちの子だけ座れない」と心配している保護者のみなさん。座れないのは「うちの子だけ」ではなく、「ほぼ全員」です。どうぞ安心してください。
遊び食べは自然に減る、偏食は「出会い」で広がる
遊び食べや偏食をめぐる研究が一貫して伝えてくれるのは、希望あるメッセージです。
まず、遊び食べと立ち歩きは、成長とともに自然に減っていきます。
厚生労働省の調査を見ると、「卒業していく流れ」がはっきりわかります。2~3歳で「遊び食べ」がトップだった困りごとが、3歳以降は「食べるのに時間がかかる」に変わり、5歳以上になると「特にない」と答える保護者の割合が増えていく[1]。いまがいちばん大変な時期であること、そしてこの時期には終わりがあること。それを知っているだけで、毎日の食卓に向かう気持ちが少し軽くなるのではないでしょうか。
偏食についても、希望のある知見が積み重なっています。
偏食の総説(Taylor & Emmett,2019)では、偏食は幼児期にごく普通に見られるものの、大半の子どもは成長に伴って食べられるものが増えていくとまとめられています。ただし、一部には偏食が長期化する子どもも存在し、そうしたケースでは早めに支援につなげることが望ましいと指摘されています[4]。
しかも偏食は、親のちょっとした工夫でぐんと広がります。
子どもが新しい食べ物を嫌がる反応は「食物新奇性恐怖(フードネオフォビア)」と呼ばれ、実は人類の生存戦略として備わった本能的な仕組みです。見知らぬものを安易に口にしないからこそ、毒のある植物から身を守ってこられた。そう考えると、「食べない」はむしろ賢い反応です。
ここからが嬉しい話。複数の研究で、繰り返し穏やかに食べ物と「出会わせる」ことで、子どもはその食べ物を受け入れるようになると示されています[5]。ドイツの研究(Maier et al.,2007)では、離乳食期に嫌がった野菜ピューレを8回にわたって穏やかに差し出したところ、多くの乳児がその野菜を受け入れるようになり、効果はそのうち約3分の2の子どもで少なくとも9か月間にわたって持続しました[6]。
1回目の「いらない!」は「嫌い」ではなく「まだ1回目」に過ぎません。
ポイントは「穏やかに」。口にねじ込む必要も、取引する必要もありません。食卓に並べる。親が同じものを食べる。「一口だけ触ってみる?」と誘う。それで「出会い」は成立します。毎回食べなくても、出し続けること自体に意味がある。研究が教えてくれるのは、「諦めなければ、子どもの食は広がる」という希望です。
2019年に発表されたシステマティックレビュー(21の研究を統合した分析)でも、野菜や果物を1日1種類ずつ8~10日以上にわたって味見させると、乳児~幼児期初期(4~24か月児)のその食品への受容が高まると確認されました[7]。しかも効果は同じカテゴリーの別の食品にも波及します。たとえば、ある根菜を繰り返し味見した子どもが、食べたことのない別の根菜にも手を伸ばしやすくなる、といった具合です。一つの食材への「出会い」が、食の世界を少しずつ押し広げてくれます。
親と子どもの「役割分担」を知ると食卓が楽になる
食事をめぐる親子のバトルを劇的にラクにしてくれる考え方があります。アメリカの登録栄養士(Registered Dietitian)でありソーシャルワーカーでもあるエリン・サターが提唱した「食事の役割分担モデル(Division of Responsibility in Feeding)」です[8]。
ルールはびっくりするほどシンプル。
親の担当:「何を」「いつ」「どこで」食べるかを決める。
子どもの担当:「食べるかどうか」「どのくらい食べるか」を決める。
以上。
メニューを考え、食事の時間を整え、食卓という場を用意するところまでが親の仕事。食べる量、食べるかどうかの最終判断は子どもに委ねる。たったこれだけのルールですが、「食べさせなければ」というプレッシャーから親が解放され、子どもは自分のペースで食と向き合えるようになります。
サターの理論では、親が「何を・いつ・どこで」を管理し、子どもに「食べるかどうか・どのくらい」の決定権を渡すことで、子どもは空腹と満腹のサインを自分で読み取る力(食の自己調整力)を育てやすくなるとされています[8]。
子どもには生まれながらに「自分に必要な量を食べる力」が備わっている。
親の役割は、その力を信じて良い環境を用意してあげること。今日子どもがどれだけ食べたかは、親の通信簿ではありません。栄養のある食事を用意し、時間を決めて食卓を整え、一緒に座った。それで親としては満点。「あまり食べなかったな・・・」と自分を責める必要はないのです。子どもの食欲は日によって大きく変動するもの。今日少なくても、明日たくさん食べることがあります。
「食べなかったら夜中にお腹を空かせてぐずるのでは?」という心配について。サターのモデルは、実はこの問題にもちゃんと答えを用意しています。ポイントは、1日3食に加えて「座って食べる間食」を親が決めた時間に組み込むこと。朝食・午前のおやつ・昼食・午後のおやつ・夕食、幼児なら加えて就寝前の軽食、といった具合に、1日に5~6回「食べる時間」が訪れる仕組みを作ります。こうしておけば、夕食で食べなかったとしても次の「食べる時間」は数時間以内。極端な空腹にはなりにくいのです。
大切なのは、食事と間食の時間以外は水以外与えないこと(ダラダラ食いは本当の空腹を奪ってしまいます)。「食べなければ次はなし」という懲罰的なやり方ではなく、空腹はしつけの道具ではなく、食のリズムで予防するもの、というのがサター流の発想です。
![ママ広場 [mamahiroba]](https://mamahiroba.com/wp-content/themes/mamahiroba-2024/images/common/logo.webp)
