ゴールデンウィーク前までは元気だったのに、急に学校に行きたくないと言い出した。五月病みたいな症状に見えるけれど、子どもにも起きるものなの?学校が楽しいと言っていたのに、こんなことが起こること、ある?そんな疑問について、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科出雲いいじまクリニック院長、飯島慶郎先生からお話を伺いしました。

「五月病」って、結局なんなのか
ゴールデンウィークが明けたあたりから、子どもの様子がどこかおかしい。朝なかなか起きてこない。「学校行きたくない」とぼそっと言う。食欲が落ちた。やたらゴロゴロしている・・・。
「これが噂の五月病か」と思いつつ、「怠けてるだけ?」と心配になる方も多いでしょう。
五月病は正式な医学用語ではありませんが、毎年この時期に多くの子どもや大人を襲う、れっきとした心身の不調です。チューリッヒ生命が2018年に全国の20〜59歳1,000人を対象に行った調査では、約4人に1人(23.3%)が経験ありと回答。20代女性に限れば39.2%にのぼりました。大人でこの割合ですから、環境への適応力がまだ育ちきっていない子どもに起きるのは、むしろ当たり前のことです。お子さんのせいでも、育て方のせいでもありません。
「五月病なんて、放っておけば治るでしょ」。そう片づけてしまうのは少しもったいない。裏側には、知ると「へえ」と思える体と脳の仕組みが隠れています。その仕組みを理解する鍵が、ときに精神医学で用いられる「荷下ろしうつ」という考え方です。
頑張りが終わったときに、不調はやってくる
五月病はよく「適応障害の一種」と説明されます。けれど精神科医として日々の診療にあたっていると、少し違和感を覚えます。適応障害は、ストレスにさらされている最中に症状が出るのが典型です。五月病は違う。ストレスから解放された瞬間に、がくっと不調がやってくる。
私は、五月病の本態は「荷下ろしうつ」だと考えています。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、こういうことです。重い荷物をずっと担いで歩いているあいだは、不思議と平気です。アドレナリンが出て、疲れを感じにくくなる。ところが目的地に着いて荷物を下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せて膝が笑い、体が動かなくなる。この「荷物を下ろしたときに来る不調」が荷下ろしうつです。ストレスのさなかではなく、ストレスから解放された瞬間に崩れる。ここが適応障害との決定的な違いです。既存の診断名にきれいに当てはまらないからこそ見過ごされやすく、「五月病」という俗称のまま、医学的な理解が追いついていない病態だと私は感じています。
では、体のなかで何が起きているのか。少し専門的な話になりますが、お付き合いください。
私たちの体には、ストレスに対処するシステムがあります。HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)と呼ばれる仕組みで、脳がストレスを感知するとこのシステムが起動し、コルチゾールというホルモンを分泌します。コルチゾールは体を「戦闘モード」に切り替える役割を担っていて、集中力を高め、エネルギーを動員し、痛みや疲れを感じにくくしてくれる。同時に自律神経のうち交感神経が優位になり、心拍数が上がり、体は「いつでも動ける」状態を維持します。問題は、この戦闘モードが急に解除されたときです。
数週間にわたってフル稼働してきたHPA軸は、急には止まれません。交感神経から副交感神経への切り替えがスムーズにいかず、体は「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる」ような混乱状態に陥ります。コルチゾールでかさ上げされていた気力や集中力は急に底を突き、今まで「感じないようにされていた」疲労が堰を切ったように押し寄せる。倦怠感、過眠、意欲の消失、腹痛や頭痛。これが荷下ろしうつの正体です。
「楽しそうだったのに、なぜ急に?」
ここで、「ストレス」という言葉についても誤解を解いておきます。多くの方はストレスと聞くと「嫌なこと」「つらいこと」を思い浮かべるでしょう。けれど本来、ストレスとは「生体に加わる変化」のことです。楽しい出来事も、新しい出来事も、体にとっては「適応しなければならない刺激」、つまりストレスです。
就学前から学校教育への移行期に、子どものコルチゾールが測定可能なレベルで増加することを、8つの研究を統合した系統的レビュー(Parent et al., 2019)が示しています[1]。大事なのは、「学校が嫌で泣いている子」のデータではないということです。ごく普通に学校に通い始めた子どもたちの体の中で、コルチゾールが上がっていた。新しい環境に飛び込むこと自体が、脳にとっては相当な仕事なのです。入学時のデータではありますが、クラス替えや担任交代といった年度替わりの変化も、子どもにとっては「新しい環境への適応」という点で同質のストレスでしょう。
4月の新学期を思い浮かべてください。新しいクラス、新しい先生、新しい席順、新しい友達関係。子どもが笑顔で「今日は楽しかった!」と帰ってきたとしても、その脳のHPA軸はフル稼働しています。意識にのぼらないレベルで膨大な適応作業が続き、コルチゾールの分泌と交感神経の緊張が心身を支え続ける。保護者から見れば「うまくなじんでいるな」と安心する時期です。むしろ妙にハイテンションで、よく喋り、よく動く。よく喋りよく動くのは、元気だからではありません。脳が戦闘モードを維持しているから、そう見えるだけです。
そこにゴールデンウィークがやってくる。適応作業が一段落し、緊張の糸がふっとゆるむ。すると先ほど説明した荷下ろしうつのメカニズムが作動します。
私のクリニックでは、毎年5月の連休明けから6月にかけて、このパターンの子どもを数多く診ます。保護者の語り方にも共通点があります。「4月はすごく頑張ってたんです」「連休に入ったらぐったりして」「連休明けに急に行けなくなりました」。そしてほぼ全員がこう言います。「楽しそうに通ってたのに、なぜ急に?」
「楽しそうだったからこそ」です。楽しい変化も、脳にとっては適応コストのかかるストレスだから。
だからこそ、連休中に少し表情が明るくなったお子さんを見て、「もう元気そうだから学校行けるよね」と急かすのは逆効果になりかねません。見た目の元気と脳の回復にはタイムラグがあります。もう少しだけゆっくり構えてあげるほうが、結果的に回復が早いことが多いのです。
春はそもそも「脳が忙しい」季節
荷下ろしうつは、心理的な過負荷だけで起きるわけではありません。春という季節そのものが、脳にかなりの仕事量を課しています。鍵になるのが体内時計です。
人間の脳には視交叉上核(しこうさじょうかく)という小さな「マスタークロック」があり、光と暗闇のサイクルに合わせて24時間のリズムを刻んでいます。朝に光を浴びるとセロトニン(気分や意欲を支える神経伝達物質)の産生が促され、夜暗くなるとメラトニン(眠気を誘うホルモン)に切り替わる。
ところが春は、日の出時刻が一年で最も急激に変化する季節です。体内時計は毎日少しずつ設定を書き換えなければならず、いわば「毎朝ちょっとずつ時差ボケしている」状態が続きます。
大規模な集団研究(Hadlow et al., 2014)[2]によれば、日の出が1時間遅くなるごとにコルチゾールの血中濃度が約5%上昇していました。大人の体でさえ追いつかない調整を、概日リズムのシステムがまだ発達途上にある子どもの脳が強いられているわけです。
お子さんが「朝起きられない」「だるい」「やる気が出ない」と訴えるとき、怠けているのではありません。脳が忙しい。それだけのことです。
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