私は現在44歳。
39歳の夫と、7歳(小1)の長男と、1歳の次男と4人で暮らしています。
長男と次男の間には女の子が一人いるのですが、赤ちゃんの内に天に召されました。
長男が3歳の時でした。
長女が亡くなった時の話
生まれながらに心臓に疾患を持っていて、手術をしなければ、1年以上生きられないという病でした。
手術をしましたが、うまくいかず、術後1ヶ月生きていましたが、天に召されました。
最期の最期まで、娘は私の指を握ってくれていました。
その握る手に、娘の生きたいという、意思を感じていました。
娘が臨終の時、
私は、
「逝かないで!」
と、言ってしまった瞬間もありました。
が、
「愛してる。生まれてきてくれてありがとう。」
と、何度も繰り返しました。
自分は愛されて、あの世に還っていく。
そう、思ってもらいたかったから。
娘は生後43日で、生涯を終えました。
亡くなった長女と、生きている長男
生まれてこの方ずっと病院から出られなかった長女は、遺体となって、初めて自宅に帰ってきました。
当時3歳だった長男は、
「ママ、天使ちゃん。寝てるね。」
「ママ、天使ちゃん。起きないよ。」
「ママ、天使ちゃん。起きてくれない。」
永眠した長女の眼前で、ガラガラを振って、赤ちゃんの気を引こうとしていました。
ママ。「天使ちゃん。お空に逝ったんだよ。」
長男。「ふーん。お空か!」
長男。「お空に逝ったら、起きないの?」
ママ。「そうだよ。」
出棺し、火葬し、本当に何もかもなくなってしまいました。
私に残ったのは、娘のへその緒と、ひと房の髪だけ。
パパ。「天使ちゃんに会いに行こうか。」
長男。「うん!」
たどり着いたのは、墓場。
長男。「天使ちゃん!ここにはいないよ!」
長男。「天使ちゃんに会いたい!」
長男は、長女の死を受け入れているようでしたが、特に悲しむそぶりはありませんでした。
長女の死後。長男と私
ママが抜け殻のようになっていた時。
ママが突然泣き叫んだりしていた時。
常にそばにいたのは長男でした。
長男。「ママ。大丈夫だよ。」
長男。「天使ちゃんか?」
私が泣いている間、長男は私の頭をなでてくれていました。
私の悲しみを、一番身近で見ていたのが、長男でした。
長男は私を通し、ゆっくりと死というものについて、知っていったようです。
死んでしまうと、二度とこの体で、会うことはない。
どんなに恋しくても、もう二度と会えない。
そういうことを、知っていったようです。
死とは何かを知っている
現在長男は7歳。
すでに死とは何かを知っている男の子となりました。
ママがそれほど若くない年齢で、長男を産んでいることも、話してあります。
私のひとりごとですが、
ママ。「ママ。お兄ちゃんと、ベビたんを、できるだけ長く見守りたいんだ。」
ママ。「元気で長生きしたいから、・・・運動した方がいいのかな。」
ママ。「よし!運動しよう!」
と、言っていたら、
長男はそばでしっかりと聞いていました!
以来、長男は言います。
「ママ、運動してる?」
「ママ、元気でね。長生きしてもらいたいから、運動してね。」
「ママ、体操ね。偉いね!」
長男の温かいエールのもと、長生きをするために、模索する日々です。
さいごに
生きるって尊いです。
怒ったり、泣いたり。
怒りすぎたり、泣かせたり。
長男も、私も、忙しいですが。
今日も寝る前には話します。
「大好きだね。」
「一緒にいられて、幸せだね。ありがとう。」
怒ったり、泣いたり、笑ったり、ドタバタな毎日だけど、
一緒にいられる毎日に、感謝です。