子どもが部屋を片付けないのは脳と関係があるって本当?精神科医飯島先生にお伺いしました

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子どもがちっとも使ったおもちゃや部屋の片付けをしてくれない!どうしたら片付けてくれるようになるんだろう?言い方や対応を変えれば、片付けをしてくれるようになる?そんな悩みについて、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック院長飯島慶郎先生からお話を伺いました。

「子どもが部屋を片付けられない」のは、脳がまだ工事中だから
(精神科医が解説する片付けの脳科学)

はじめに:診察室でよく聞く言葉

「先生、この子、何度言っても部屋を片付けないんです」
不登校や発達障害の専門外来をしていると、こうした相談を頻繁に受けます。親御さんの表情には疲労と困惑が入り混じっていて、「うちの子はだらしないのでしょうか」「育て方が悪かったのでしょうか」という言葉が続くことも少なくありません。

結論から申し上げます。ほとんどの場合、それはお子さんの「だらしなさ」でも、親御さんの「育て方」の問題でもありません。片付けという行為が、子どもの脳にとってどれほど高度な作業であるかを知れば、見え方が大きく変わるはずです。

片付けは脳の「総合格闘技」である

「片付けなさい」。この短い一言が、子どもの脳にどれほどの負荷をかけているか、一緒に考えてみましょう。

まず、散らかった部屋を見渡して「何から手を付けるか」を決めなければなりません。これは計画能力です。次に、「おもちゃは箱に、本は棚に、服はクローゼットに」という複数のルールを頭の中に同時に保持する必要があります。これはワーキングメモリと呼ばれる能力です。片付けの途中で面白そうなおもちゃを見つけても、「今は遊ばない」と衝動を抑えなければなりません。これは抑制制御。そして「遊びモード」から「片付けモード」へと頭を切り替える認知的柔軟性も求められます。

脳科学ではこれらの能力をまとめて「実行機能(Executive Function)」と呼びます。認知神経科学者のAdele Diamondによる画期的な研究(2013年)では、実行機能は抑制制御・ワーキングメモリ・認知的柔軟性という3つの柱で構成され、その上に計画や組織化といった高次の能力が築かれることが示されました[1]。

つまり片付けとは、脳の最も高度な機能をフル動員する「総合格闘技」のような行為なのです。大人にとっては何気ない日常動作でも、発達途上の子どもの脳にとっては、実はかなりの大仕事です。

前頭前皮質は25歳まで完成しない

ここで決定的に重要な事実があります。
実行機能を司る前頭前皮質(おでこの裏あたりにある脳の領域)は、人間の脳の中で最も遅く成熟する場所です。

米国国立精神衛生研究所のGogtayらが行った縦断的脳画像研究(2004年)では、健常児13名を8〜10年にわたり追跡し、脳の成熟は後ろ(目で見たり音を聞いたりする領域)から前へと進行し、前頭前皮質が最後に完成することが確認されました[2]。そしてArainらのレビュー(2013年)は、この成熟過程が25歳頃にようやく完了すると結論づけています[3]。

25歳です。大学を卒業し、社会人として数年を過ごした頃、ようやく脳の「工事」が終わるのです。

この「工事中」の影響が特に大きいのが、先ほど触れたワーキングメモリです。ワーキングメモリとは、いわば脳の中の「作業机」のようなもの。料理をしながらレシピの手順を覚えておく、電話番号を聞いてメモするまでの間、頭に留めておく・・・こうした「情報を一時的に頭の中に置いて、同時に別の作業をする」ための仕組みです。片付けの場面では、「おもちゃは箱、本は棚、服はクローゼット」という複数のルールをこの作業机に同時に並べておく必要があります。

では、子どもの作業机はどのくらいの広さなのでしょうか。発達心理学の検査に「逆唱」というものがあります。「5、3、8」と聞いたら「8、3、5」と逆の順番で答える課題です。情報を頭に保持しながら並び替えるという、まさにワーキングメモリの力を測る検査です。標準的な発達検査では、5歳児がこなせるのはわずか2桁程度。7歳で3桁、10歳で4桁、成人でおおよそ4〜5桁とされています。

つまり、幼いお子さんの脳の「作業机」は非常に小さい。散らかった部屋を見渡して、何をどこにしまうか把握しながら作業を進めること自体が、その小さな机の容量を超えてしまうのです。

小学生のお子さんに「ちゃんと片付けなさい」と言うことは、建設途中のビルに「完璧に機能しろ」と要求しているようなもの・・・そう言えば、少し実感が湧くでしょうか。

7歳未満の子どもには「分類」が難しい

もう一つ、発達心理学の古典的な知見をご紹介しましょう。
片付けの本質は「分類」です。おもちゃ、本、衣服・・・カテゴリーに分けて、それぞれ決まった場所にしまう。大人にとっては当たり前のこの作業が、幼い子どもの脳には驚くほど難しいのです。

発達心理学者ピアジェの研究によると、2〜7歳頃の子ども(前操作期)には「中心化」という特徴があります。これは、一度に一つの側面にしか注目できないという認知の制約です。たとえば「白いボタンと黒いボタンを見せて、ボタン全部の数と白いボタンの数、どちらが多い?」と聞くと、この年齢の子どもは正しく答えられないことがあります。「全体」と「部分」を同時に考えることがまだ難しいのです[4]。

複数の基準で物を整理するという行為、「これは本だから棚に」「これは服だから引き出しに」「これはおもちゃだから箱に」と次々に判断を切り替える、は7歳頃に始まる「具体的操作期」に入ってようやく可能になります。ですから、7歳未満のお子さんに「種類別に分けて片付けなさい」と言っても、そもそもその分類作業を安定してこなすだけの脳の準備が整っていないことがあるのです。

ADHDの「30%ルール」:10歳でも実行機能は7歳レベル

定型発達のお子さんでも片付けは大変なのですから、ADHD(注意欠如・多動症)のお子さんではなおさらです。

ADHD研究の世界的権威であるRussell Barkleyは、興味深い臨床的指標を提唱しました。ADHDのお子さんの実行機能は、定型発達の約30%遅れているというのです[5]。これは厳密な単一の研究結果というよりも、複数の研究知見と長年の臨床観察を統合したBarkleyの臨床的見積もりですが、Shaw et al.(2007年)のMRI研究をはじめ、これを裏付ける脳画像データが報告されています。

これに従えば、10歳のADHDのお子さんの実行機能は7歳レベル。15歳でも約10〜11歳レベルということになります。

先述のShawらのチームが合計446人の子どもを対象に行ったMRI研究(2007年)は、この「遅れ」の神経基盤を直接示しました。ADHDのお子さんでは、大脳皮質の厚さがピークに達する年齢の中央値が10.5歳で、定型発達の7.5歳より約3年遅れていたのです。しかもこの遅延は、まさに片付けに関わる前頭前野で最も顕著でした[6]。

ただし注意していただきたいのは、この「3年の遅れ」が年齢とともに自然に解消するとは限らないということです。ADHDは子ども時代だけの問題ではなく、成人後も実行機能の使いづらさとして残ることが多い。つまり「何度言っても片付けない」のは、怠慢ではなく脳の特性なのです。だからこそ、叱って直そうとするのではなく、子どものうちからその子に合った対処の仕方を一緒に見つけていくことが大切になります。

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