どちらも子持ちが良いでしょう

声をかけたい気持ちがありましたが、私は思い留まりました。私はあの時2人から離れることを選んだから。声をかける資格すらないと思いました。

私はもしかしたら非情な人間なのかもしれません。でも、私があの時選んだのは娘を守ること。娘の笑顔を守ること。娘の幸せを守ること。それが精いっぱいでした。

今、娘が笑っているのはあの時、それを選んだから。あの時はそれで精一杯だった。

夕食ができあがるころに彼も帰ってきます。「おっ。今日はタカシさんの好物が多くない?」と愛花に指摘されます。そしてこのたわいもない日常に幸せを感じてしまいます。

本当は、みんな幸せになる方法を選びたかった。自分たちだけが幸せになるつもりなんてなかった。達夫さんとくれあの幸せを願いながらも、人生で掴みとれる幸せはそんなに多くはなく、自分の選んだものを精一杯大切にしようと思いました。
別れを決断したことで自分たちだけが幸せになってしまったように感じてしまうのは無理もありません。でもその時の決断は間違っておらず、自分たちの生活を守るためには仕方なかったのかもしれませんね。離れることでくれあちゃんの気持ちは収まるかと思いましたがそうではない結果に心が痛みます。色々な決断を迫られた時、何が一番大切なのかを考えて行動することが大切ですね。これから、くれあちゃんが変わることそしてよりそっている達夫さんの気持ちが伝わることを願うばかりです。
※ストーリーはフィクションです。 登場人物や団体名は仮名であり、実在の人物や団体等とは関係ありません。 創作漫画としてお楽しみください。
原案:ママ広場編集部 脚本:船井秋 編集:石野スズ
作画:藍川らづ
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少しだけ援護させてもらうと、くれあは「犠牲者」だったようには思う。
愛花も受験すると言い出した、これは愛花の希望。
両親の再婚も父親と主人公の希望。
くれあの気持ちは関係なく、常に周囲の希望を受け入れる役割を課せられてきた存在なんで。
たぶん愛花が同じ学校挑戦するのも親の再婚も(実母との離婚も)本当は複雑だったんじゃないでしょうか。
誰かを犠牲にして成立させている家庭もあると思った。
私は異端かもだけど、くれあは引きこもりだともゲーム依存だとも思ってないんですよね。
夕方の人通りの多い時間に、父親と普通に外出できてるし。
父親からクレジットカードを使う許可を得てから使ってる(ある程度の節度は守られてる?)し。
そこそこちゃんと生きてる感じはします。
そりゃ、愛花より現状幸せかって言われるとビミョーですが。
ゲーマーって、ほんと全てがゲームに染まって、トイレ行く時間も惜しむとかそんなんですからね…
ゲームしながら用を足せるよう、ペットボトルをトイレがわりにするので、ゲーマー用語でボトラーとかあるらしいです。